行動経済学は、慶應通信のテキスト科目にはありませんが、従来の経済学で想定されていた利己的で合理的な個人の仮定を緩めることで、新しいモデルを作ろうとする現代の経済学で注目されているもっともホットな分野です。行動経済学やゲーム理論の行動経済学的な分析をした本としては、次の二冊がお勧めです。

 多田 行動経済学入門

経済学で頻繁に用いられる期待効用理論では、選好の逆転現象が起きて行動の非整合が発生するアレのパラドックスという弱点が実験で指摘されましたが、この本ではそれを克服する行動経済学の主流の理論であるプロスペクト理論や双曲線割引が紹介されています。これらの理論を使用すると、アレのパラドックス以外にも従来説明できなかった現象が説明できることがわかっています。例えば、リスクの大きい株式投資とリスクの少ない国債などの安全資産は、リスクある分だけ、前者の報酬が高くなければいけないのですが、現状の株式の利回りと安全資産の利回りの差は、投資家が相当リスクを嫌わないとその現状の水準の高さを説明できないことになります。これはエクイティプレミアムパズルと呼ばれる従来の経済学で説明の出来ない謎(puzzle)の一つです。しかし、これはプロスペクト理論の損失回避性という利益を得たときよりも損失を被ったときのほうが強い反応を受けるという性質に長期的なことよりも短期的なことを重視する近視眼性を付け加えれば、異常なリスク回避性を想定しなくても、この現状を説明できることがわかってきました。Barberis (2009)はプロスペクト理論を使って、従来の経済学では説明できなかったギャンブルをする個人の行動を分析しています。しかし、これらの新しい理論も多くの問題をかかえています。プロスペクト理論は基準点をどう定めるかという問題がありますし、例え、基準点を決めてもそれによる効用最大化の条件は場合分けを持ちいらなければならないため、かなり複雑なものになり、モデルを使って計算をするときは計算が非常に困難になってしまいます。双曲線割引はSchweighofer(2006)Rubinstein(2006)のようにそもそも実験でその存在が否定されている研究が数多く存在します。今後の行動経済学は現実性と単純性のトレードオフをどう取り扱っていくかが課題になるでしょう。

川越 行動ゲーム理論入門

こちらはゲーム理論を行動経済学的に分析した本です。行動ゲーム理論というタイトルですが、行動経済学で有名であるプロスペクト理論や双曲線割引のゲーム理論への応用は触れられていません。しかし、学習理論、ロジット均衡などの行動経済学ではお目にかかれない行動ゲーム理論特有の概念が触れられているので、 行動経済学やゲーム理論に興味がある人は、上の本だけではなく、こちらの本も一読する価値があると思います。

 

 川越 実験経済学

実験経済学というタイトルですが、著者が行動経済学の専門家だけあって、ゲーム理論の実験に焦点がしぼられています。また、この本でプロスペクト理論のゲーム理論への応用や双曲線割引の問題点にも触れられています。タイトルだけだと、経済実験をする人のための本のように思えますが、様々な実験結果や学会での行動経済学、実験経済学への論争が挙げられているので、行動経済学に興味がある人には、経済実験をするつもりがなくても、読む価値はあります。

Neuroeconomics: Decision Making and the Brain

神経経済学の膨大な研究結果を集めた本です。全てを通読するのは困難ですが、最先端の神経経済学の研究を知ることができます。なんと、動物の経済行動の研究にまで触れられており、行動経済学を勉強する人にとっては必読の名書といえそうです。ただし、脳内のドーパミンの量をモデルに組み込むなど、いろいろな試行錯誤を繰り返しているものの、脳のモデルはそう単純にモデル化できないので、現状の神経経済学の成果はまだめぼしいものが少ない状態です。そのため、神経経済学がある程度の分野として確立するには、まだまだ研究が足りないように思えます。

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